【判例研究】徴税トラの巻事件(最高裁昭和52年12月19日第二小法廷決定 刑集31巻7号1053頁)

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税理士試験受験生応援ブロガーくまお(@kumaco55)です。

今回の判例は、差し戻しのため合計5つもの裁判がありました。
判決文が5こ… 参考文献も倍増…
これから判例研究を行う皆さんは、どの判例を取り上げるのか決める前に審理経過を確認しましょうね!

第1 事実の概要

最高裁昭和52年12月19日第二小法廷決定 刑集31巻7号1053頁

1 被告人

X(大蔵事務官で税務署の所得税係員)

2 起訴内容

職務上知り得た秘密を漏らした国家公務員法100条1項違反(国公109条12号)

3 事件経過

税務署職員であった被告人は、職務上税務署長より配布されていた大阪国税局作成にかかる秘密文書である「標準率表」及び「効率表」(いずれも事業所得者に対する課税事務を行う際の推計等の資料、以下、二表とする)各1冊を部外者に貸与して、職務上知り得た税務行政上の秘密を漏らしたものである。

4 被告人の主張

①秘密性の立証にあたって、「二表の内容を示さないままその秘密性を認定したのは、実質的司法審査を放棄したもの」で憲法31条に違反する。
②課税標準が法律によって定められなければならないのは憲法84条の要請であり、本件二率による課税はこれに違反する。
③本件二表には実質的秘密性がない。

5 審理経過

(1)差戻前第1審:無罪(実質秘説を採用する)
(2)差戻前控訴審: 1審破棄差戻し(文書作成の手続きを重視すべきである)
(3)差戻後第1審:無罪(刑事罰を科す場合の秘密は実質秘説を採用する)
(4)差戻後控訴審:有罪(実質秘説を採用、実質的にも秘密に該当するもの)
(5)上告審:上告棄却の上職権判断

第2 裁判所の判断

1 差戻前地裁判旨

国公法100条1項にいう「秘密」であるためには、それが国家機関の内部において秘扱の指定がされていたことの一事のみでは足りず、刑罰によって保護されるだけの実質的な価値を有していなかればならないとした。本件では、右秘密性の有無を判断するには右比率自体が明らかにされることが不可欠の条件であるから、これが明らかにされない以上、検察官申請の証人等他の証拠を取調べても、本件二表が「秘密」にあたると認めるに由なく、結局犯罪の証拠がない。

2 差戻前高裁判旨

本件二表の秘密性の判定は、右二表に記載された比率の数字全部が明らかにされなくても可能であり、右二表の作成方法、使用目的、実際の適用方法、これを公表することによって生ずべき税務行政上の支障の有無・程度等によって右秘密性を判断すべきである。

3 差戻後地裁判旨

国公法100条1項の「秘密」につき、「同条1項の秘密とは、実質的に秘密性あるものとして、刑罰によって保護するに値するものと解するのが相当である。」としていわゆる実質秘説を採った。本件二表は、租税法律主義で法律事項とされている課税標準そのものを決定するものではないが、多くの白色申告者の課税標準、税額の認定のため法則的なものとして適用されており、これらを納税者たる国民から秘匿することは租税法律主義の精神に照らして許されず、右二表が公表されてもその弊害はさして大きいとは考えられないとの理由で、その実質秘性を否定した。

4 差戻後高裁判旨

国公法100条1項の「秘密」につき、「同条項にいう「秘密」であるためには、刑罰によって保護するに値する秘匿の必要性、すなわち、いわゆる実質的秘密性を備えたものでなければならず、単に国家機関により秘扱の指定がなされているというだけでは足りないと解すべきである。(なお、その事項が公知の状態になっていないことを要するのは勿論である。)」とした。しかし、差戻後第一審判決の本件二表には実質的秘密性がないとした前記考え方を否定し、租税法律主義は課税要件の事実の認定についてまで納税者側に予測可能性を与えることを保障するものではなく、本件二表は単なる事実認定の資料にすぎないから公表の必要はなく、これを公開すると税務行政上弊害が生ずるから秘匿の必要性があり、また、当時本件二表の内容の一部が納税者の一部の者に知られていたが、それはごく限られた範囲内であるにすぎず、右二表はいまだ公知の状態にはなかった、として本件二表の実質的秘密性を肯定した。

5 最高裁決定要旨

国家公務員法一〇〇条一項の文言及び趣旨を考慮すると、同条項にいう「秘密」であるためには、国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りず、右「秘密」とは、非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいうと解すべきところ、原判決の認定事実によれば、本件二表は、いずれも本件当時いまだ一般に了知されてはおらず、これを公表すると、青色申告を中心とする申告納税制度の健全な発展を阻害し、脱税を誘発するおそれがあるなど税務行政上弊害が生ずるので一般から秘匿されるべきものであるというのであって、これらが同条項にいわゆる「秘密」にあたるとした原判決の判断は正当である。

第3 検討

1 国公法100条1項にいう「秘密」の意義

①形式秘説:「形式秘」とは、行政庁により明示的に指示された「秘密」をいう。
②実質秘説:「実質秘」とは、実質的に法上保護されるべき「秘密」をいう。

過去の判例では「形式秘説」「実質秘説」ともに採用されてきた。
一方、学説ではほとんどの論者が「実質秘説」の立場をとっている。更に実質的秘密の判定にあたっては裁判所が全面的に、その内容を審査できるという立場をとるものが多い。

2  本件二表が実質秘といいうる要素を備えているか

原判決は、実質的秘の要件として「秘匿の必要性」「非公知性」をあげ、本件二表がその要件を充たしていたことを説明しており、本決定でもそれを支持している。
①「秘匿の必要性」:公表すると税務行政上重大な支障となるため秘匿すべきである。
②「非公知性」:全体としてはいまだ非公知の状態であった。

3 実質秘の認定

本決定では、①「秘匿の必要性」と②「非公知性」の2つを認定基準として用いている。原判決では、これらの他に③「秘密とすることの合理性」を基準として用いながら、事案に即してさらに具体的かつ詳細な検討を行っている。
具体的事例における秘密性認定の作業では、裁判所の主観的判断に多くを委ねざるをえない。結局は裁判所の裁量でまかなわれているとの批判を生ずる余地がある。
また、実質的秘密性を判断するに際して、差戻前控訴審及び原審のような間接証拠による方法で足りるとする見解では、形式秘説に実際上再び接近するとの批判も考えられる。

4 懲戒処分の要件たる「守秘義務違反」と刑罰の対象となる「守秘義務違反」の差異

国家機関がその内部において職員のみを拘束する訓令・通達などの行政規則(行政命令)の形式で職員の取り扱う文書を区別し、「秘」文書として当該文書の内容の漏洩を禁止しているとしても、行政規則は法律的根拠を必要とはせず、原則的に法律的性質をもつものではなく、上級行政庁の下級行政庁に対する命令=志達の方式であり、行政庁の内部的規律の性格をもつにすぎない。従って、刑事処分の場合には、そのうえでなお実質的可罰性を考慮すべきことにならざるをえない。これはつまり、形式秘では足らず実質秘でなければならないことを示すものにほかならない。

4 本件守秘義務違反行為は可罰的違法行為といえるのか

通説によれば、犯罪とは、「構成要件に該当し、違法かつ有責な行為」である。犯罪となるためには、その質と量に鑑みて処罰に値する程度に違法な行為(=可罰的違法行為)であることが必要である。
当時本件二表の内容の一部が納税者の一部の者に知られていたという事実は、その程度に応じて秘密保持の利益が減少することによって、可罰的違法性に影響するものということができるだろう。
また、上告趣意にある、本件二表のうち効率表の方は昭和45年以降全く使用されなくなっているという事実があるとすれば、裁判時においては、その限りで可罰的違法性が失われたものといってよいであろう。

5  国公法100条1項、109条12号が職務上の秘密の漏洩に刑罰を科すことは可能か

刑罰法規であるにもかかわらず構成要件の中核的要素である秘密自体の内容・範囲が決定的に不明確であること、さらに、公開裁判において秘密性を立証しようとすればその開示によって秘匿の利益そのものが失われるという二律背反が見られること、などの点を考えるに、憲法31条が規定する法定手続の保障の原則を適用すれば、法律規定そのものの基礎が失われてしまうようにも考えられる。

6 本決定の意義

最高裁がはじめて実質秘説の立場に立つことを明言したものとして重要な意義を持つ。

参考文献(評釈)

判例タイムズ357号214頁
反町宏・最高裁判所判例解説 刑事篇(昭和52年度)90頁
中山研一・判例タイムズ361号109頁
畠山武道・ジュリ臨増666号49頁(昭52重判解)
佐伯仁志・ジュリ別冊235号84頁(行政判例百選Ⅰ 第7版)
田中舘照橘・ジュリ別冊120号164頁(租税判例百選 第3版)
石村善治・ジュリ別冊88号138頁(公務員判例百選)
玉国文敏・ジュリ別冊79号164頁(租税判例百選 第2版)

判例タイムズ304号107頁
玉國文敏・ジュリ 569号128頁

判例タイムズ208号83頁
夏目文雄・ジュリ別冊 33号202頁
橋本公亘・ジュリ別冊 17号170頁

今日の「愛され妻」

このアイキャッチ画像は、国会図書館関西館のエントランスです。
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