【判例研究】K-1脱税事件(最高裁平成18年11月21日第三小法廷決定 刑集60巻9号770頁)
税理士試験受験生応援ブロガーくまお(@kumaco55)です。
今回の判例は、教唆(きょうさ、=そそのかすこと)の概念と、犯罪の決意がいつ生じたかについて検討するものです。
目次
第1 事実の概要
最高裁平成18年11月21日第三小法廷決定 刑集60巻9号770頁
1 被告人
X(格闘技イベントの企画興行等を目的とする株式会社Kの代表取締役)
2 起訴内容
4事業年度にわたり虚偽過少の納税申告を行ってKの法人税を逋脱した法人税法違反、及び、これによる逮捕や処罰を免れるため知人Aに相談し、Aらに対して内容虚偽の契約書を作成させた証拠隠滅教唆罪。
3 事件経過
被告人は、架空仕入れの計上などで所得を秘匿し、虚偽過少申告を行って株式会社Kの法人税を逋脱する行為をしていたところ、国税犯則調査を受けるに至り、これによる逮捕や処罰を免れるため、知人Aに対応を相談した。Aは、被告人に対し、脱税額を少なく見せかけるため、架空の簿外経費を作って国税庁に認めてもらうしかないとして、Kが主宰するボクシング・ショーに著名な外国人プロボクサーを出場させるという計画に絡めて、同プロボクサーの招聘に関する架空経費を作出するため、契約不履行に基づく違約金が経費として認められることを利用して違約金条項を盛り込んだ契約書を作ればよい旨教示し、この提案を受け入れることを強く勧めてきた。そこで、被告人は、Aの提案を受け入れることとし、Aに対し、その提案内容を架空経費作出工作の協力者の一人であるBに説明するように求め、被告人、A及びBが一堂に会する場で、AがBに提案内容を説明し、その了解を得た上で、被告人がA及びBに対し、内容虚偽の契約書を作成することを依頼し、A及びBは、これを承諾した。そして、A及びBは、共謀の上、KとBとの間の内容虚偽の違約金条項付き契約書等を用意し、Bがこれら書面に署名した後、K代表者たる被告人にも署名させて、内容虚偽の各契約書を完成させ、Kの法人税法違反事件に関する証拠偽造を遂げた。
4 被告人の主張
法人税法違反の事実については争わないものの、証拠隠滅教唆の点については、具体的な犯罪を提案していたAは、被告人の証拠偽造の依頼により新たに犯意を生じたものではないから、人に特定の犯罪を実行する決意を生じさせることを意味する「教唆」は成立しない、として同事実につき無罪を主張した。
5 審理経過
(1)1審:有罪・控訴(証拠隠滅教唆罪の成立を認め、法人税法違反の罪と併せて、懲役刑)
(2)控訴審: 棄却・上告
(3)上告審:上告棄却の上職権判断
第2 裁判所の判断
1 地裁判旨
Aは、被告人の相談相手として本件証拠偽造の方法を考案しこれを被告人に教示してはいたものの、それを自らが正犯として実行しようとの意思は、被告人の働き掛けによって初めて生じさせられたものと認めることができるとして、証拠隠滅教唆罪の成立を認め、懲役1年10月の実刑を言い渡した。
2 高裁判旨
被告人は、逮捕、実刑を免れるための方策をAに相談した上、その助言に乗って、罪証隠滅工作であることを十分に認識しながら、次々にAの提案を了承し、資金も提供するなどしてきたものである。このように、本件を含む罪証隠滅工作を、自らの刑責を軽減する手段として採用することを決断し、これを実行するようA及びBに求めたのは被告人にほかならないのであって、Aがいかなる意図や思わくからこれら罪証隠滅工作に関与したか、その結果どのような利益を得るに至ったかなどといった点が、被告人が負うべき責任の根幹を左右するものではない。
3 最高裁決定要旨
Xの刑事事件に関する具体的な証拠偽造をAが考案して積極的にXに提案していたという事情があっても、Xがこれを承諾して提案に係る工作の実行を依頼した行為は、これによってAがその提案どおりに犯罪を遂行しようという意思を確定させたという判示の事実関係の下では、人に特定の犯罪を実行する決意を生じさせたものとして、教唆に当たる。
第3 検討
1 教唆行為該当性
刑法61条1項の教唆といえるためには、被教唆者はいまだその犯罪に対する実行の決意をしていないものであることを要し、既に実行の決意を有する者に対しては、その意思を強めるという意味での幇助が問題になるにすぎないと解されている(大判大6.5.25刑録23輯519頁ほか、注釈刑法(2)の[2]775頁、781頁、大コンメンタール刑法第2版5巻473頁等)。そして、教唆犯と幇助犯の区別の問題につき、特定の犯罪を実行する「決意」を生じていない限り被教唆者たり得ること、すなわち、〈1〉既に犯罪的な意思を抱いていても、それが行為傾向にすぎなかったり、〈2〉まだ心が揺れ動いていたり、あるいは、〈3〉犯罪請負人のように、場合によっては犯罪の実行をする用意があると言って申し出ている者、〈4〉どんな場合でも一定の犯罪行為を遂行すると単に一般的に決意している者であっても、これらの者に対する特定の犯罪実行の決意を抱かせる働きかけは、いずれも教唆に当たると解される。
[オマケ:Aが被告人への協力行為をしたにすぎないことに照らせば、被告人がAの犯罪への幇助犯というのは奇妙な話になってしまう。]
2 「教唆」と「幇助」の違い
犯罪の決意すなわち故意がいつ生じたかによって区別される。
3 刑法104条「証拠隠滅罪」
・他人の刑事事件に関する証拠
・隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は偽造若しくは変造の証拠を使用
[オマケ:刑法104条「証拠隠滅罪」の客体は、他人の刑事事件に関する証拠である。]
自己の刑事事件に関する証拠の隠滅は証拠隠滅罪を構成しない。なお、自己の刑事事件について、他人に虚偽の偽証をさせることは、偽証教唆罪を構成し、証拠隠滅罪は成立しない。
判例上、犯人自らが他人を教唆して証拠隠滅を行わせる場合には、同罪教唆犯として可罰的であるとする解釈が確立している。しかし、犯人自身が他人による証拠隠滅行為に加功することが共同正犯や幇助犯としても可罰的であるかどうかについては、これを正面から認めた判例はこれまで見当たらない。
本件では、被告人は、Aらに証拠偽造の実行を依頼しただけでなく、自らも虚偽の契約書に署名してこれを完成させる行為をしているが、共同正犯として立件されず、実行の依頼を教唆と構成して教唆犯として起訴されたのは、このような従来の判例に照らし、可罰性が問題とされることのない法的構成によったものであろう。
[オマケ:被告人は自己の法人税法違反事件につき証拠を偽造したのであって、証拠偽造罪の正犯とはなりえない。正犯となりえない以上、共犯としても処罰し得ない。]
4 条件付き故意(犯罪意思の確定性)
判例上、いわゆる条件付き故意について、犯罪計画を遂行させようとする意思が確定的であれば、実行行為に出る事態が条件に係っていて結果発生に対する認識が未必的である場合でも故意の成立に欠けるところはないことが明らかになった。
既遂犯を成立させるのに必要な程度の意を、条件の成就(=被告人のゴーサイン)を通して新たに作りだした本件被告人は、問題なく「Aの(証拠隠滅罪既遂の)故意を新たに引き起こした」といってよいように思われる。
[オマケ:Xの依頼を受けるまでのAの心理状態は、証拠偽造を実行する決意があるとはいえない。]
5 本決定の意義
事例判断ながら、被教唆者の適格及び決意の形成の有無という先例の乏しい問題についての最高裁の判断例であり、実務上の参照価値が高いと思われる。また、犯人自身の証拠隠滅行為への加功の事例としても、非常に興味深く、今後の学説の議論にも一石を投じるものとなるのではなかろうか。
6 知人A・Bの行為は「法人税逋脱幇助罪」ではないのか?
知人A・Bは証拠隠滅罪で執行猶予付き有罪判決が確定している。
なぜ「法人税逋脱幇助罪」ではないのか?という疑問に対しては、本件被告人の法人税逋脱行為は知人Aらの関与以前に行われたものであること、並びに、本件の証拠偽造は法人税を逋脱するためではなく、これによる逮捕等を免れるための行為であることから、「証拠隠滅罪」に該当するものと考えられる。
参考文献(評釈)
判例タイムズ1228号133頁
前田巌・最高裁判所判例解説 刑事篇(平成18年度)446頁
小林憲太郎・ジュリ臨増1354号171頁(平19重判解)
門田成人・法セ626号119頁
今日の「愛され妻」
マヨネーズを好んで摂取しない私はポテトサラダを食べないのですが、夫のために作ることがあります。よくよく考えたら、私は食べないのだからマヨネーズをたっぷり入れたらいいんじゃないかということに気づきました。結婚して20年以上になっても新しい発見があります。